さて当初からの医師の予測通り、10/2 18:00に母死亡とのこと。
結果、6月末にあと2,3ヶ月、と言われて以来、あと1ヶ月、あと半月、と更新されても常に10月初旬は変わらず、見事その予測通りだ。
まずとっかかりは一昨日、9/30かな。
突然痛がり始め、それからモルヒネ投与。ついでに病室移動でナースステーション前の個室だと。
しかしこのときにはまぁモルヒネ投与もやがて始まることだし、個室移動もなんか周囲が騒いでやむなく移動したとかで、医師も「それほど慌てる状態でもなかろ」と言っていたそうで、とりあえずさほど気にせず。
とはいえもうすぐではあるので、覚悟と準備は必要ということで。
で、昨日、10/1。
黒毛舌が出ていて、歯科的にもヤバそう気ではある、との連絡。
一言挨拶のみでもう話すこともままならん状態だとか。
こりゃもうあと数日かな、と思ったわけで。
そして本日10/2。
16:53、心停止との電話。声を聞かせるくらいは、とのことで電話くれたのだが、なんか話せ、っていうのはこういう場面でも難しいもんだな。
電話の向こうの相手の反応はないわけで、やってみるとあれだ、「へーおまえ**語話せるのか、じゃなんか話してみろや」という場面と同じ。
適当になんか話したが、もちろん意味などない。何言ったかも忘れた。
心停止じゃもうダメだな、と思いつつ一旦電話は終了。明日以降の出国について考え始める。
17:02、もういっちょ電話。
10/2 18:00をもって死亡判定、とのこと。まー実際のところ16:53よりちょい前に死んでいたんだろうけど。
あ、時差が1時間あるので、死亡判定時刻はJST、その他の時間は台湾LSTでござる。
業務のほうではかなりの佳境で、しかも来客の予定もあるので非常に離れるのに抵抗はあるんだが、行かねば後処理できないので行かねばならん。
しかもやたらに長くかかっている検討のせいで資産も尽きかけで目下無給の中、異様な円高の東京に行くのも正直キツ過ぎ。入院費や治療費も円貨で積もっているし、後処理費用も円払いだし・・・。
日本に根拠がなく台湾では外国人のワシには借金する術はどうしたってないので、その辺ひとまず猶予をもらい、その間になんとしても受注契約・支払いを受けねば。
ま、ともかく緊急出国手配である。
しかしアレだ、大口受注自体は内定状態なので死ぬ前にドンとデカい額見せて、長年の極貧底辺生活が終了して今後はOK、ってのを冥土の土産に持たせたかったところだが、うまくいかんもんだな。
出国のための諸々準備のためにいろいろWeb検索していて見つけたお話、
母親代わりだった伯母が亡くなった
そうそう、タイミング的にはこんな感じだよな、と思った。まさに『親孝行したいときには親はなし』なのだ。
さて明日からしばらくは、スタッフへの業務引継多数・移動手配・東京での滞在検討・病院後処理・葬儀の類の手配・母の生活痕処理・戸籍対応・金策・などなど大変だ。悲しい云々はそれからにしないとな。
お悔やみ申し上げます。ご自身にとっても精神的・肉体的にご負担かかる時期でしょうから、くれぐれもご自愛ください。
耳鼻喉科様こんにちは。
> お悔やみ申し上げます。ご自身にとっても精神的・肉体的にご負担かかる時期でしょうから、くれぐれもご自愛ください。
恐れ入ります。
早速昨夜から頭痛が酷くて難儀しておりますが、ほかに具体的な症状もないので普通に過ごしております。
これからしばらくの雑多な処理を思うとまた別の意味で頭痛がしてきて困ったものです。
お悔やみ申し上げます、なんと申し上げてよいものかわかりませんが。
お悔やみ申し上げます。
医師の余命宣告で、ある程度は親御さんの死を覚悟されてたと思いますが、やはり辛いものですね。東京に駆けつけようにもすぐには出来ないところや、今の生活が厳しいところがさらに拍車をかけてるとおもいますが、くれぐれも体にお気をつけてください。
ぷーさん様、がらくた様、ありがとうございます。
死に目に会うことができないことや事後処理がままならないことは移住の際に割り切ってきたわけで、やむを得ませんね。
8月頭の訪問時に会話できているので十分と思うべきかと考えております。
明日より1週間、既に山積みのうえにいってみれば更にドンと増えるであろう事後処理をできうる限り捌いてこようと思っております。