読解力ねぇ。

読解力があかんとか。

うん、日々実感しておりますよ。
上記引用の通りこういう輩は自分の読解力がないとか毛頭思わんので、よくワシの日本語力がないものとされる。ホントもう正直日本との関わりが嫌になるくらいでなぁ。
読解力だけじゃなく綴るほうもダメだよなこの手合は。概して意味の取れない超短文を投げてきて「オマエ日本語通じないな、さすがバカの在外だな。」とされる。
独自文法の”自分語”で投げてくる輩も居るな。つくづくまいるわ。

ま、字にしろ絵にしろとかく書くことを嫌がる風潮だからこうなるのは必然みたいなもんだわな。
あと、何故かメディアの使い分けを嫌がるのでSNSなど向けの一言ですべてをこなそうとする無茶も効いているだろうな。

よくこの手のネタで「最近の者は・・・」とか「某業界では・・・」とか「低学歴は・・・」など出てくるが、んなもん関係ないぞ。年齢学歴職種職格関係なくダメ文章のやつはダメ文章だぞ。
むしろ、会社代表とかエラい人にこそダメ文章野郎は多い感覚。要は日常文章に触れていないから使えなくなるんでないかのぅ。

まぁあれだ、やがて助詞とかなしで意思疎通できる文法が出てきて標準そのものが変遷していくんじゃないっすかね。
ほんの200年前の黄表紙とか見ても文が奇怪なのと同じだろう、と。

そんなわけでもちろんこういうのは日本語だけではなくて、他の言語でもよくある。
ワシが体感して語れるのは中文(台灣國語)だが、US英語とかでも小耳に挟んだこともあるしむしろ英語ではより一言化が顕著に見えたりする。

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